「エマウスの活動に参加して」(8)

<子どもたちの労働>

私がべレンに到着したのは、日付が変わりそうな時間帯だった。
HOTELまで送っていただくために車に乗せてもらい信号待ちをしていた時、
子どもたちがいろいろなパフォーマンスを披露するため路上にでてきた。お金を稼ぐためだった。

べレンでは、至る所で子どもたちが働いているのを見かける。
荷台にたくさんのコンクリートを乗せて小さな男の子二人で運んだり、
バスに乗っていると、お菓子や果物を売りに来たり、
露店やヴェロ・オ・ペーゾ市場でいろいろなものを売ったり。
ルシアとべレン市内を一緒に歩いていると、EMAUSに以前来ていた、若しくは
最近来ていない路上で働く子どもたちに会うことがよくあった。
ルシアはプライベートで歩いているときも、いつもそういった子どもたちのことを
意識しながら歩いていることがよくわかる。意識してというよりは、無意識にそうなっている。
子どもたちを見つけるとすぐに声をかけ、近況を聞いていた。

私が目にしたのは、ほんの一部で、まだまだ、私が知らないところや、人の目にもとまらないところでも労働を強いられている子どもたちはいるのだろうと思う。
そしてその中には、とても危険な労働に子どもたちが引き込まれていくこともある。
麻薬・覚せい剤の売人や売春。
EMAUSの子どもたちが生活しているところでも、簡単に声をかけられ、
勧誘されることがあると聞いた。

EMAUSに来ている子どもたちにとっては、生活に密着した問題であるので、EMAUSのスタッフは、会議やセミナーなどにも参加し、子どもたちに様々な方法を通して教育していた。
こうして知識を得た子どもたちでも、学校教育を受けていない、技能がないということで、
低賃金の単純肉体労働、危険を伴う労働を強いられることになりかねない。
EMAUSでいろいろな機会に出会い経験する中で、様々なことが身につくといいなと思った。
EMAUSの敷地内にあるアサイの木


<知りあって、関わりあって、理解しあって、分かちあえたら>

EMAUSのことを知らないでべレンで生活している人たちは、まだ多いのではないかと私は思う。
こんなに自分たちの生活に近いところで活動しているのに。。。
どちらかというと、「あの地区は危ない!」という感じだった。

私がべレンで出会った人々は皆、「べレンで何しているの?」と私に聞いた。
私がEMAUSの活動の話をしたり(EMAUSのことを知っている人がいるときは言葉を補ってもらいながら)、ルシアからもらったパンフレットを見せたりすると、「いい活動だ!」と殆どの人が言う。
EMAUSの活動を知っている人もいたが、知らない人の方が多かった。(若い子は殆ど知らないのではないだろうか。)

ペンシオナットで友達になった女の子2人は、EMAUSへ行ってみたいと言ってくれたので、ルシアの了解を得て一緒に活動に参加したり、イベントを見に行ったりした。
また、その女の子たちが自分たちの周りの人にEMAUSのことを話し、
そこでEMAUSの活動を知った人が、いろいろなものを寄付してくれたりもした。
結局予定が合わずいけない人もいたが、EMAUSの活動に興味をもってくれる人もいた。

べレンの人たちにもっとEMAUSの活動を知ってもらい、EMAUSの子どもたちに実際に関わってもらうと、ここへ来る子どもたちのことや、自分が関わった子どもたちが強いられている生活状況を、もっと身近なこととして感じてもらえるのではないかと思う。
子どもたちやこの地区で生活をしている人が危ない人たちなのではなく、社会に問題があるということも。
私自身、EMAUSで関わりのあった子どもたちがどのような所で生活をしているのか、
家庭訪問に参加する機会がなかったので実際には知らないままでいる。
子どもたちの生活の中のEMAUSにきているという一部分しか実際は知らない。
子どもたちの生活しているところへ訪れていたら、また自分の目も変わっていただろう。
EMAUSの活動を知り、実際関わり合いをもつということは、何も知らないがために理解できずに、ステレオタイプになってしまっている目を変えると思う。そしてそれは、お互いに。

私も実際、「危険」だといわれている地区で生活する家族に招待されるまで、
その地区の人々がどんな暮らしをしているのか、バスから眺めているだけや、
話を聞かされるだけではわからなかった。そして、やはりどこかで‘怖い’と思っていた。
でも実際に訪れると、そこには‘怖い’とは程遠いとてもあたたかい家族、その家族の友達もまたそこで生活しているのだ。
そんな家族も、彼らは彼らで細心の注意を払って生活していた。
そして、細心の注意を払って私の送り迎えしてくれ、私自身も自分でできる細心の注意を払って出かけた。
やはり危機感を感じながら、生活しないといけないのが現実なのである。
だからといって、私にとっては「ただの危険な・怖い地区」ではなくなった。
だからそ、危険であるということで避けられる地区で生活する人々、そして子どもたちが、
物乞い、万引き、ひったくり、泥棒、盗難、暴力、売春などをしなくてもよい、また傷つかなくてよい生活環境になる日が現実になって欲しいという思いが更に強くなった。
そのためにもEMAUSの活動は、とても大切でまだまだこれからも必要であると感じた。 
<最後に>

日本、現地共に、本当にたくさんの人にお世話になり3ヶ月を送ることができました。
ありがとうございました。

Maiko (2008)  
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