「は じ ま り」

板垣香織



「世界子ども通信プラッサ」第24号(2007.3)の記事を許可を得て掲載しています


子どもは相手が自分を本気で想ってくれているかが分かる
その人が本気で遊んでくれているか
楽しんでいるかがわかる


ブラジル出発を目の前にして
「エマウス」と巡り逢えた私
言葉は十分ではない ブラジルの教育、社会的な背景等の知識に乏しい私にできることは、と考えて
保育士時代に言われ続けた事を思い出した


この目で現実を見てくること
感じてくること
そして、今の私が分かち合える幸せ
子どもたちと楽しむことを目標に
2006年5月末
恋焦がれたブラジルへ私は旅立った



太陽が近い
絶え間なく流れるスピーカー音
洗い立ての髪でバスの現れるべき先を見つめる人々
家族の為に毎朝パンを買いに出る裸足の男の子


ベレンという街で私は子ども達と出逢った


ドッチボールをして、バレーをして
カリンボーを踊って
流行の歌を口ずさんで
目が小さい、と化粧を施してくれて
私もブラジレイラ風の顔に


一斗缶を棒で叩いて
ガンザを振って音を作った
ペットボトルと針金と
ビリンバウを作ってカポエイラをした


日本語で子ども達の名前を書いて
紙でおもちゃを作って
凧を上げて
アスファルトに絵を描いて


空の色が変わらない
子どもの笑顔が変わらない


ここは暑いよね。大丈夫?
Kaori、これ食べる?
座ってて、持ってくるよ
相手に対して気を配る、思いやりに満ちている
私達は一緒になってひたすら遊んでいた


ただそんな中、会話の途中で聞かれる時がある
これはいくらなの?
日本からブラジルへはいくら掛かるの?
金銭に関する直球の質問
考えられなかったのか、考えすぎたのか
うまく答えを返せない


あなたには父親はいるの?
お母さんと一緒に行かなくちゃいけない所なのね。やっぱり冗談よ
ふっと現実を意識する


また市内の中心部、マンゴーの並木道
エデュカドールと歩いていて
ゴミだと思って避けたらそれは子ども達だった
細く枯れてしまいそうな背中が三つ、座り込んでいた


彼の差し出した水を口に含んで
通りすがりの人々に吐きかける
私を見て、「カネ、カネ」と言う


世の中を嘲笑うような態度
家からはじき飛ばされて
自分で自分を壊すことで
かろうじて何かを保っているように見えた
二週間前から
この場所で叫び続けているとのことだった



私はとにかく子ども達と遊んだ
ポルトガル語習得不足から必然的に生まれた
ジェスチャーゲームも人気を博して


この子達には
私の知らない過去がある
私の知らない今がある
そう思ったら


この瞬間に子ども達が笑っていること
楽しんでいること それがすべてな気がして
遊んで遊んで
そしてぎゅっと抱きしめ合った


子ども達にとって何が幸せだろう
子ども達がむやみに傷付くことのない社会
描いた夢を自分の力でつかむ機会のある社会は
実現し得るのだろうか


スタッフ達の
多岐にわたる、長く地道な活動を思う


僕、将来医者になりたいんだ


ただその一方で
人懐っこく、たくましく、真っすぐな瞳を持つ子ども達


貧しさ、身の危険からでもあるだろうけれど
個々それぞれの境遇の中で
助け合い、共有し、人と人とが繋がっている
居場所のある安心感
私が覚えた、満ちた感覚


自分が日本人であることを
時には忘れ、時に強烈に意識し、書き替えたいとさえ思ったのは


この温かで深いパワーの存在にもあるのだろうか


これらの様々な想いを持って
次に私が出来る事は何なのか
子ども達が、あの太陽が離れない
常に常に考えている


帰国後、仕上がった写真
私も相当に生きた顔をしていた


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